菊間千乃(きくま ゆきの)さんは、フジテレビの顧問弁護士としても活躍していますが、
実は元フジテレビの人気アナウンサーでした。
この記事では、1998年に生放送中に発生した転落事故について、その原因などをまとめましたので、ご紹介いたします。
菊間千乃のプロフィール
菊間千乃(きくま ゆきの)
1972年3月5日生まれ
日本の弁護士 元フジテレビアナウンサー
東京都出身
早稲田大学法学部を卒業後
1995年にフジテレビに入社した菊間千乃さんは、アナウンサー時代にバラエティ番組や情報番組、スポーツ番組などで活躍し、特にその明るいキャラクターで多くの視聴者に親しまれました。
アナウンサーとしてのキャリアを経て、38歳で司法試験に合格し、現在は弁護士としても活躍中。
この転身は多くの人々にとって驚きであり、彼女の多才さが評価されています。
実はフジテレビアナウンサーで活躍されていた時、菊間千乃さんに思わぬ転落事故が起こっていました。
その件について解説していきます。
菊間千乃の転落事故の原因
菊間千乃アナの転落事故は、1998年にフジテレビの情報番組『めざましテレビ』の生放送中に発生しました。
菊間千乃ビルから転落
菊間千乃アナの転落事故は、1998年9月2日に発生。
この事故は、彼女がフジテレビの『めざましテレビ』のコーナー「それ行け!キクマ」で避難器具の実演を行っている最中に起こりました。
菊間千乃アナは、ビルの5階から降りる際に、ロープが適切に固定されていなかったために転落してしまったのです。
ビルの5階からロープで降りようとする菊間千乃アナの様子
その高さは何と15メートルもありました。
ものすごい高さなのがわかります
この窓から避難器具のロープを使って下に降りる予定でした。
下にはマットが引いてありましたが菊間千乃アナは重傷を負ってしまいました。
放送ではマットの上に落ちた映像で終わってしまいテレビではその後、意識はあって無事だと伝えられましたが
しかし実は意識を失った状態で救急搬送されていたのです!
この事故は、視聴者にもとてもショッキングな出来事でした。
放送業界においても大きな衝撃を与え、以降の安全対策の見直しが求められるきっかけとなりました。
菊間千乃さんが大飢餓はしてしまいましたが命に別状はなくて本当に良かったです…
菊間千乃の転落の原因
菊間千乃さんは『徹子の部屋』に出演してこの時のことを振り返った際、
「落下して地面についた時から記憶と意識がなく、気が付いたら病院のICUにいました」と語っています。
事故が重大になってしまった一因として、
「本来なら柱など、がっちりしたものに結ばなければならない命綱となるベルトのロープを、軽いソファーにくくりつけてしまっていた」
「落下の衝撃を受け止めるマットがウレタン素材だったため硬く、充分に衝撃を吸収できなかった」
ことも後に挙げられている。
事故後、約3か月間入院し、2年以上のリハビリを経て、翌年には現場復帰することができました。
菊間千乃さんはこのように語っています。
「リハビリは2年間かかったんですけど、『2年間で終わるんだから本当にラッキー、奇跡なんだよ!』
「当たり前のように明日はこない。今できることを精一杯やって、生きなきゃいけない。26歳で死んだと思っているので、そこから先の人生は神様が『もうちょっと何か世の中のためにできることあるんじゃないの?』って与えられた時間だと思っている スポニチ
ものすごく大変なことがあっても前向きに頑張る姿が素晴らしいです。
全国から1万通以上もの手紙や千羽鶴が届いたそうです
一般的には重大な労災事故に対して賠償金が支払われることが多いです。
全治3ヶ月のケガの賠償金の相場は、交通事故の場合で53万円程度、弁護士基準(裁判基準)では73万円程度です
事故の翌年から仕事復帰して2005年4月アナウンサーの仕事をしながら夜間学校へ通いました。
仕事と勉強の両立は大変だったですよね
菊間千乃アナは、事故を通じて「26歳で死んだと思っている」と語り、
以降の人生を神から与えられた時間と捉え、司法試験に挑戦し見事弁護士になりました。
大きな事故があっても乗り越えて弁護士になる姿はと勇気がもらえます
その後、フジテレビの顧問弁護士もやられているのですね!
弁護士になろうと決めた理由は他にもありましたのでそちらも次でご紹介していきます。